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年の瀬に

いつの間にか年の瀬である。

年賀状を書く前に、喪中欠礼のハガキを集めてきて、住所録にチェックを入れる作業をしないといけない。
今年も沢山喪中欠礼の案内を頂いた。
その多くは、両親、祖父母のものだ。私の友人達が50歳前後だからなのだろう。
両親が亡くなる(祖父母はとっくに亡くなっていてよい年齢なのだが)、そういう世代なのだ。
確か、昨年は本人の喪中欠礼が来て、驚いたと共に悲しかった記憶がある。

毎年GWには、大阪の服部緑地で開催される祝春一番コンサートへ出かけるが、その時に大阪勤務医時代の同僚に逢うのもひとつの楽しみだった。
彼が肺がんになったと聞いたのが確か3年前だったと思う。
今年行った時、昨年の秋に脳と骨に転移が見つかったと聞いた。
どちらも小さかったし、脳は放射線を当てたと聞いた。

彼と会うときは、毎回肉を食べた。
今年はステーキハウスだった。
「今年は僕が支払いますよ」と言うのを、「5年経って元気で居たら支払って貰うよ」そう言って私が支払った。
来年も来るから、ちゃんと元気で生きていろよ。
そんな風に別れた。

11月に大阪に出張があったので、彼に連絡を入れた。
返事が返ってこなかった。
体調でも悪いのかなと思っていた。
帰ってきてから何度か連絡を入れたが返事が無い。
最後に送ったショートメールは送信不能だった。

大阪時代の先輩にメールをしてみた。
さすがにおかしいと思ったから。

彼は9月に亡くなっていた。

学年は私より3つ下だったけど、年は同じハズだった。
まだ54歳である。
彼の父親も、診察中に心筋梗塞で倒れてそのまま亡くなったと聞いた。
早死にの家系だったかも知れない。

面白い奴だった。
辛い物が嫌いなのに、激辛カレーショップに付いてきて、大汗を流しながら食べていた。
仕事が終わると、よく一緒にテニスをした。
ラリーをするつもりが無くていきなり打ち込んでくる奴だった。
CDを買わずに、いまどきアナログのレコードを、家の床が抜けるぐらい買っていた。
女嫌いじゃ無いのに、何故か独身だった。
病気になる前に付き合っていた女性と別れたと寂しそうにしていた。
癌になっても、まだ煙草を吸っていた馬鹿野郎だった。
そのくせ酒は飲めない奴だった。
母親の介護を1人でしていた。
今時、マツダのロータリーエンジンを愛してRX7に乗っていた。

親友と言うほどの間でなく、独身時代の数年を共有した友人と言う感じだったが、
それでも、こんな風に気が付いたら居なくなっていたら寂しい。

安らかに眠ってほしい。
私はもう少しこの世で頑張って生きていくよ
by takahashi-naika | 2014-12-22 22:22 | 日常雑記

たかはし内科 院長 日々の診察雑記帳


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