カテゴリ:日常雑記( 29 )

豊田勇造ライブ徳島2017 今年もやります


今年も豊田勇造さんのライブをやります。
京都出身で60年代から活動を続けるフォークシンガー。
ブルースで産湯を使い、ボブディランに影響され、ジャマイカのレゲエに憧れて
ジャマイカでアルバムを作り、その後アジアを巡り、今はタイと日本で暮らしながら
歌と旅の暮らしを続けています。
日本全国100カ所を回り、唄った場所でCDを売り、1宿1飯でそこの家に泊まりながら
次のライブへ。
そんなワンナイトスタンドの人生をもう40年近く続けています。
60歳の時に、ファンに感謝して6月6日に京都の円山公園野外音楽堂で2000人のファンを集め
6時間で60曲を歌う無料のライブをやった勇造さん。
半分冗談、半分本気で言っていた70歳7時間70曲のライブがあと2年に迫ってきました。
既に会場を予約したそうです。
我が家では、16回目のライブとなります。
良かったら皆さんも熱いひとときを勇造ライブで過ごしてください。
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by takahashi-naika | 2017-09-17 23:19 | 日常雑記

梅仕事無事に終了しました

先週水曜日あたりから、やっと夏らしいジリジリと照りつけるような暑さの日が続きましたね。
体調を崩された方も多かったでしょうが、お陰様で梅の天日干しが出来ました。
土曜日の朝に取り込みに行ったら、何と大雨で・・・!
やられた〜と思いましたが、よく考えたら前日の夜に屋根の下へ入れておいたので安全でした。
サイズ4Lの南高梅は結構迫力です。スタッフが欲しがったので試食して貰ったら
塩辛いけど甘くて美味しいとのことでした。塩分20%なので、通常売ってる梅よりも濃いと思います。
でも、そのおかげで冷蔵庫に入れなくとも保存出来ます。
前は梅酢に漬けたままで保存していましたが、今回は分けました。
水に梅酢と氷を入れた物が私のスポーツドリンクとなります

さて、梅干しも終わったし、寒くなる頃には初の味噌造りにトライしようと思います。


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by takahashi-naika | 2017-08-27 20:24 | 日常雑記

残暑お見舞い申し上げます

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久しぶりの投稿になります。
って、毎回そればっかり書いていますが。

いつの間にか、お盆も終わり、残暑の時期になりましたが、皆様はお元気でしょうか?
今年の夏は、入道雲がモクモク出るような状態じゃなく、梅雨の明けないままに気温のみ上がったような感じで
非常に不快感が強く、体調を崩す方も多かったようです。
規則正しい生活、適切な水分と塩分の補給などで何とか夏を乗り切れますように。

夏ばて予防と言えば、梅干しと麦茶が有名ですが、これは水分と塩分を補う意味からも非常に有用なコンビだと思います。
最近は○○スエットのようなスポーツ飲料を夏ばて予防に飲まれる方が多いのですが、あれも塩分が少なく、糖分が多いので
特に糖尿病の方などは、要注意ですね。私の意見としたら、汗もかいてない人が予防に飲むものでは無いと思います。

天気が悪く、梅の天日干しが中々出来ませんでしたが、先日の日曜日にやっと干しました。
お日様に当たっている梅を見ていると、幸せな気分になりますね。
でも、昨日と今日は天気が悪いので、梅はお休みです。明日あたりまた干せそうですが。

今年の我が家のマイブームはぬか漬けです。
毎年浸けていても、1ヶ月もしたら変なにおいがして駄目になっていたのが、今年はもう2ヶ月以上、美味しい状態を保っています。
ずっとタッパーで漬けていたのを、本格的に甕に変えたのが良かったのかなと思います。冷蔵庫にも入れず、リビングに置いてますが
室温変化が少ないのと、かき混ぜ易いのが良かったかなと。久松と言う、有名なメーカーの甕らしいです。

キュウリ、なすなどが定番ですが、我が家で好まれるのは、オクラ、赤ピーマン、黄色ピーマンなどです。他に人参、ミョウガ、
変わったところではアボガドが美味しかったです。もちろん、瓜やスイカの皮もグッドでした。
そのうちに、魚貝や肉なども漬けて料理してみたいと思います。
うちの配偶者は、ぬか漬け食べ出して、便の調子が良くなったとのことで、「糠ちゃん」と言ってかわいがっています。

今年の冬は味噌でも仕込んでみようかなと思っています。

写真は今日の朝のぬか漬け。
キュウリ、ミョウガ、ピーマン(赤、黄)オクラ、瓜ですね。

塩分も栄養もあるし、これも夏ばてに良い食べ物だと思います。



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by takahashi-naika | 2017-08-22 11:57 | 日常雑記

今年もよろしくお願い致します

あけましておめでとうございます。
またまた久しぶりのブログになりました。
最近どうも月1回ペースになってしまっています。
書きたいことは色々あるけれども、時間が無いと言うのが悩みです。

当院は29日の午後からⅠ月3日まで休診となっております。
ご不便をおかけして申し訳ありません。
この時期に調子の悪くなった方は、救急病院や徳島市の夜間休日診療所をご利用ください。

私も開業当初は、24時間電話を受けて、夜中もいつでも診察しておりました。
盆暮れにはお休みを頂きましたが、それでもかかってきた電話はとって
出来る限りの診察をしていましたが、最近は在宅患者さんなど、一部の患者さんのみの対応とさせていただいています。

理由は色々あります。
一番の理由は、心身のストレスが大きかったことです。
いつ鳴るかわからない電話やインターフォンに神経を注意しておかなければならない。
夕食の席につき、いただきますと言ったとたんにピンポンが鳴り、家族を残してしたに降りて行く。
夜中に患者さんを診て、やっと布団に潜ったと思ったらまた電話・・。
開業当初はそんな感じでした。
子どもが小さかったこともあり、どうせ家でいるのだからと思っていましたが、
それでも、開業した年の大晦日の日だったか、夫婦で正月の準備をしようとしていたのに、
1人診察して上に上がって来るたびにまた1人と言う具合に患者さんが来られて、とうとう昼過ぎまで
出ずっぱりのようになりました。さすがにストレスが高まり、もうこれで止めようと夫婦で決断して
午後は留守電にした記憶があります。(その年はまた元日の夜間当番が当たっており、これも大変でした)

数年前から不整脈が出るようになり、一昨年に手術をしたのですが、その頃から
もっと自分の身体も大事にせなあかんと思うようになりました。

他にも、カルテが電子カルテになり、立ち上げに時間がかかるようになったこと(事務員が居ないと少し自信もない)
院外処方になり、診療しても薬が出せなくなったこと。
そんなことがお休みを頂くようになった理由です。
御理解いただければ嬉しいです。

診療科によっては、長期のお休みの間に海外旅行など楽しまれるドクターも多いと思いますが、
内科の開業医になった時点で、そういう楽しみは捨てております。最後に海外に行ったのは新婚旅行の時かな。
子どもが小学校の最後の時に、北海道と沖縄へ行きましたが、その頃も状態の悪い患者さんが居て、携帯電話で
訪問看護師さんや、家族と連絡をとりながらの綱渡りでした。

このように、長期の休みの時が完全にフリーかと言うとそういう訳ではありません。
在宅の患者さん、嘱託医となっている老人ホームの患者さんなどは、何故か大抵この時期に悪くなります。
一昨年は老人ホームでインフルエンザが流行り、毎日のように往診。
今年は在宅の患者さんが調子が悪く、毎日往診していましたが、とうとう元日の夜にお亡くなりなりになりました。
私も大晦日、元旦と往診に行ったわけですが、正月がいきなり喪中になったご家族の心情は計り知れません。
患者さんが悪くなった時点で、もう腹を決めているので、元日だろうが大晦日だろうがどうでもよくなっているのですが、
患者さんの方が恐縮されます。私の方は、むしろそんな時期に負担をかけることになった家族の方に申し訳無く思います。

変な話ですが、自分が医者だと一番実感するのは、病気の患者さんが良くなった時では無く、死亡宣告をして
死亡診断書を書く時なのです。病気は医者が居なくても治る事も多いですが、死亡宣告と診断書は医者でなければできませんので。

ながながと、忙しい言い訳のようなものを書きましたが、その合間を縫って、正月料理を作ったりしていました。
料理は元々好きなので。
私の母も80代半ばとなり、なかなかお節料理を作るのもしんどくなったようで、去年から私が作っています。
お煮染め、肉の佃煮、だし巻き卵、紅白なます、などなど。
黒豆は今年は父が炊いてきました。海老ときんとんは妻が作ります。
元旦に私が往診に行っている間に、妻が綺麗に重箱に詰めてくれました。
弁当箱とか、重箱に詰めるのは苦手なんですよね。

残ったお煮染めは小さめに切って、そば米雑炊の具にして元日の夜に頂きました。
そして私のお持てなし料理のローストビーフも。

そば米を、「これはお米?」と言った母が、父の言うとおりに少し物忘れが出て来ているのだと実感し、
仕方無いと思いつつも少しショックでした。
毎年の恒例で、新聞のクロスワードパズルをする母を横で父がサポートしていました。
いつまでこの光景が続くかなと思うと、少し胸が切なくなったりして。

そんな風に今年のお正月も終わります。
また明日からいつもの診療です。
今年もよろしくお願い申し上げます。
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by takahashi-naika | 2017-01-03 18:56 | 日常雑記

ちょっとプライベートな病気の話

一生懸命ブログを書いて、やっとアップ出来たと思ったら消えていた。
これはショックですよね〜。慌てて書いてる時に、これをやるんですよね。
実は先ほどこの経験をしまして(笑)、一旦お風呂に入って気分を沈めて仕切り直しで書いています。

4月頃から咳の続く風邪が多いです。
実は私もその仲間入りをしていました。
4月の初めから、最初喉が痛くて、鼻づまりがあり、それから咳が出だして、1日熱もありました。
その後も結構咳が続いてGW前にやっと治まった次第です。

年末からずっとインフルエンザと一緒にマイコプラズマが流行っていました。
特に4月からは多かったので、自分も絶対にマイコだと思って、それに対する抗生物質を飲んでいたのですが、迅速検査でも陰性。抗体検査も2回やりましたが、陰性で、マイコじゃなかったんですよね。
多分その他のウイルスだろうと思って、熱が下がった時点で抗生物質も止めて、あとは殆ど薬も飲まずに咳をしていました。

医者のくせに・・と思われるかも知れませんね。
でも、一旦出だした咳は、どうやってもしばらくは続くし、でもいつかは止まる。
それを経験から知っているからです。
一時喘息のようになったので、その時には喘息の治療をしました。
こっちの方がばっちり薬は効きやすいんですよね。

最初は無かった痰が出て来て、色が綺麗になって、そして段々咳き込みが減って治っていきました。
患者さんには、病気を火事に例えて、火が消えて(熱が下がって)も、焼け焦げみたいなのは直ぐには治らないでしょう。だから咳もすぐには止まらないですよと説明はしています。
痰が無いと仰る方も居ますが、それは恐らく初期か、自分では痰を出せない人なのかなと思います。
感染症の咳は、外からの病原体、それによって起こる炎症の産物を、痰として外へ排出する。
そのための手段としての咳ですからね。むやみに止めたらいいと言う訳ではないと思っています。(て、言うか止まらないもん)

痰が少なくなると、そのわずかな痰を出すために努力がより必要になったします。
咳き込みの程度がひどくなっても、その間隔が開いていたら、快方に向かっていると思います。
私は結構激しく咳き込みますので、治った頃には2kg体重が減って腹筋が痛かったです。
1回の咳で2calエネルギーを消費すると言いますから。

そんな風に私の咳が減った頃、職員が何人か咳をし出しました。
ごめんなさい〜〜。

一般論ですが、咳がひどい時には、まず痰を柔らかくして出やすくするために、水分をしっかり取る。
気道が乾燥しないように加湿をする。
急な温度変化が咳を誘発することが多いので、マスクをしたり、首にタオルを巻く。
私の場合は、頭からすっぽり布団を被ります。他人様への防音にもなりますから。
あ、エチケットのためにもマスクは必要ですね。
咳をするときには、人の居ない方を向いてしましょう。
咳をしてる人からは2mは離れていましょう。

私の病原体は、何だったのでしょう?
RSウイルスとか、人メタニューモウイルスかなと思いますが、まあ治ればいいかあ(笑)。

でも、マイコプラズマも本当に多いです。
初期には咳が無くて、熱と頭痛と関節痛と言うインフルエンザに似ています。
それにちょっと吐き気や腹痛などの消化器症状があれば疑わしいですね。
オリンピックの年に流行ると言うので、皆さんご用心を。

あ、病気なったら、病人の気落ちが分かるだろうなんて言わないでくださいね。
病気にならなくても、患者さんの気持ちは分かろうと努力はしています。はい。

それでは、明日も元気で!
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by takahashi-naika | 2016-05-11 00:08 | 日常雑記

大晦日

今年もあと1日で終わりです。

みなさん、新しい年を迎える用意で忙しいでしょうね。
あ、もちろん喪中の人も多くおられるとは思います。
それでもそれなりに忙しい師走ですね。

例年我が家は、私の両親が元旦にやってきて、一緒にお正月を迎えます。
両親がお煮染めなど昔ながらのお節料理を作り、私たちがちょっと洋風の料理を作りと言う感じですね。

しかし、年末に母親が体調を崩し、今年は色々作れそうにないとこぼしておりました。
それでも、黒豆は炊いているとか・・。
何もしなくて良いと言ったのですが、やはり年寄りはそうはいかないようで(笑)

と、言う訳でここは一発私が奮起して、お煮染めなど作ることにしました。
もともと料理は好きで得意。
以前2交代で診療していた頃は、朝晩のご飯を作っていましたから。
今は、夫婦別に診療しているので、家政婦さんにご飯はお任せしており
たまに日曜日に作る程度でしたから。

昨日から今日にかけて作ったもの
・お煮染め(高野豆腐 大根、里芋、人参、牛蒡、干し椎茸、こんにゃく、タケノコ)
・酢レンコン
・紅白なます
・ローストビーフ
・牛肉のしぐれ煮
・蕪の三杯漬け

夜にだし巻き卵をつくります。
エビとか蒲鉾とか、すぐに終わる料理は配偶者に任せて。

あとは、今晩のご飯の準備と、夜のお蕎麦の準備ですね。

写真をお見せできないのが残念ですが、いずれアップしたいと思います。

体調が悪かったり、病気の家族の居られる家庭もあるとは思いますが、
どなたさまも、つつがなく新年を迎えられますように。
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by takahashi-naika | 2015-12-31 11:12 | 日常雑記

祈りのうた

勇造さんは、カバー曲、要するに他人の歌を滅多に唄いません。
私が知っている限りは、ボブディランの「風に吹かれて」を日本語で歌ったことがありました。
まあ、ディランは、勇造さんを含め60年代から70年代に出て来たシンガーソングライターの父のような人ですから、それもありかと。

ところが今回のライブでは2曲カバーを歌いました。
1曲は、ジョンレノンのイマジンを日本語で。
まあ、この曲は皆さんご存じですよね。歌詞の意味も大体わかるでしょう。

もう1曲はびっくり、私がはじめて聞く日本人のカバー曲でした。
勇造さんは、同じ世代のシンガーソングライターの友人達4人で、毎年七夕の夜に京都で「七夕コンサート」と言うのをやっています。もう40年近く。
そのメンバーの1人、三浦久さんの「祈りのうた」と言うのが今回のカバー曲でした。

これは、南北戦争の南軍の兵士が病院の壁に書き綴った詩なのだそうです。
それに三浦さんがメロディを付けた歌らしいです。
YouTubeで三浦さんの歌が聴けますが(三浦久 祈りのうた と検索してみてください)、ギターとハモニカだけのシンプルで力強い歌です。
勇造さんの歌も同じような感じでしたが、もう少しギターが効いていたような気がしました。
歌詞は反語のくりかえしですが、繰り返しによる力があると思います。

歌詞を書いておきます。
興味のある方は、YouTubeで三浦さんの歌を聴いてみてください。

人生の成功を手に入れようと
強さを求めたのに
与えられたのは弱さだった
謙虚であるように

偉大なことを成し遂げようと
健康を求めたのに
与えられたのは病気だった
何が偉大か学ぶように

幸せになりたいと
富を求めたのに
与えられたのは貧しさだった
足ることを知るように

世の賞賛を勝ち得ようと
権力を求めたのに
与えられたのは無力だった
得意にならないように

満たされた人生を送りたいと
全てを求めたのに
与えられたのは私のこの人生
受け入れることを学ぶように

求めたものは何ひとつ
与えられなかったけれど
確かに祈りは聞き届けられた
すべてが与えられた

こんな拙い私なのに
祈りはすべて叶えられた
気が付けば大きな恵みを
私は生きている

求めたものは何ひとつ
与えられなかったけれど
確かに祈りは聞き届けられた
すべてが与えられた
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by takahashi-naika | 2015-11-28 23:58 | 日常雑記

勇造ライブ、今年も無事に終了しました。

22日の1豊田勇造ライブは無事に終了しました。
今年は徳島新聞のコンサートガイドに載せてくれなかったし、タウン誌にも出してなかったので、どれだけ人が来てくれるか心配でした。
蓋を開けてみたら、いつも来てくれる県外のお客さんは来ず、数年ぶりの人も居て、はじめて勇造さんの蓋に触れると言う人が9人も来てくれました。用意した30席が満席。それ以外に私や家族やスタッフ6人が聞いていたので、40人近い人が居たことになります。

勇造さんはいつも通り若々しくて爽やかで、今年で来た新曲をかなり披露してくれ、更に勇造さんの中での主要なレパートリーも殆どやってくれました。
みんなが良かった、また来たいと言ってくれました。
新しく来た人はこのブログを読んでくれる患者さんであったり、知り合いから聞いて・・と言うのが多かったです。やっぱり大事なのはメディアではなくて、人の輪ですね。

翌日に、今年は高速バスに乗る(いつもはJR)勇造さんを見送りました。
あの笑顔がいつまでも目の前に残像で残っています。
あの歌たちも、ずっと耳のあたりで鳴っています。

さあ、今日も元気でいきます!

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by takahashi-naika | 2015-11-26 18:40 | 日常雑記

勇造さんの思い出 その1

ライブをやるときに、いつも聞かれるのが、「豊田勇造って誰?」と言うことです。
お知り合いですか?とも聞かれます。
それだけ知名度が低いのですね。
勇造さんのことを説明することは、私にとっても嬉しいことではありますが、それよりもやっぱり実際に来て貰って歌を聴いて貰うのが一番だと思うのです。
言葉で歌の魅力は伝わりきらないので。

いつもいつも、マイナーだと思っていた自分がそうでなかったと感じたことがありました。
その時の事を書きます。

勇造さんは今66才ですが、60才になったときに、6月6日に6時間60曲を歌うと言うライブを企画しました。場所は地元京都の丸山公園野外音楽堂。外人タレントも使う大きな会場です。
入場料はなんと無料!これは長年のファンの為に企画されたライブだったのですね。

もちろん、ファンの方も黙っては居ません。
ファンクラブ(そういうものがちゃんとあるのです)を中心に、カンパ(おひねり)の動きが出ました。
ほとんどのファンが出したのではないでしょうか?もちろん、私も出しました。たぶんライブの入場料よりも多い金額だろうと思います。

当日は土曜日でしたので、行けないなあ・・と思っていましたが、配偶者が仕事を代わってくれて、行っておいでと言ってくれたので、日帰りで出かける事にしました。
私と、当時小学校6年生だった娘と、徳島のファンであるシンちゃんを乗せて車を走らせました。
途中、淡路でスピード違反で捕まったりしましたが・・。

私はずっと考えていました。
どのくらいの人数が来るのだろう?
会場は3000人入るのです。
毎年全国100カ所近くライブをやっている勇造さんですから、その主催者達が全員来て100人。
いや、その人達が私のように数人知り合いを連れて来て300人程度、それに主催者以外のファンなども来て500人程度が家族的にワイワイと楽しみ和むライブになるんじゃないかなと。

会場に着いたのは開演の30分程度前ですが、かなり沢山の人が列を作っていました。
勇造Tシャツを着たり、幟やプラカードを持っている人が沢山います。
席は全席自由で、私たちは前4分の1ぐらいの真ん中に席をとりました。
当日は昼まで雨が降っていましたが、晴れ男の勇造さんらしく、ライブの始まる頃には陽がさしてきました。

ライブは勇造さんの弾き語りから始まり、勇造バンドや勇造さんのフォロワーの若いミュージシャン達も出演してバラエティーに富んでいます。
全体が3部に分かれていたのですが、2部の終わりの頃に私はふと後ろを振り返ってたまげました。
3000人収容の会場のかなり後ろの方まで人が入っています。発表では約2000人と言うことでした。

事前のホームページでの掲示板でも盛り上がりは感じていました。
日本全国はもちろん、現在は外国に住んでいる人まで、今度のライブには行くぞ〜と言ってましたから。それでもこんなに居るとは。

ライブの終盤、そのほとんどの人が勇造!勇造!と叫んでいます。
感極まったおっちゃんが、ステージ上って勇造さんに抱きつきます。
ラストの大文字、そのリフレインはみんな揃っての大合唱です。

さあ もういっぺん さあ もういっぺん 火の消える前に
さあ もういっぺん さあ もういっぺん 火の消える前に

勇造さんはこのリフレインも、なんと60回歌ったのでした。

私も知らず知らず感極まって涙を流していました。
嬉しかったのです。
こんなに大勢の勇造ファンに会えて。
自分は間違っていなかった。
自分が16才の時に出会って、その後ずっと40年近く聞き続けて来た人は、こんなに多くの人に愛される人だった。
自分の耳は正しかった、自分の目は正しかった。
徳島では孤独な勇造ファンだけど、こんなに多くのファンがいた。
そんな事を思うと、ぽろぽろと涙が出たのでした。

年に1回のライブですが、毎年このライブが終わると、心と体がリセットされたような、変な言い方ですが命の洗濯をしたような気になります。
歌もそうなんですが、こんな風に自分と全く違う生き方をしている人みて居ると嬉しくなるのです。
こんな風に自分も生きて行けたらと思うのです。

以前ライブを手伝ってくれた若い子が、今は少し心を病んでいると聞きました。
就職先も決まっていたのに、その直前で考えすぎてしまい・・。
高校の時は体育系で慣らした子だったのに。
今年も手伝いに来たら?と勧めましたがそれも叶わないようです。
手伝わなくても、ライブに来て歌を聴いて勇造さんのあのえがおに接したら・・と思います。
無理しなくても良いんだよ、頑張らなくても良いから、ゆっくりと生きていればいいんだよ。
そんな事を言う訳ではありませんが、体からそれを発散させている勇造さんですから。


毎年京都から当院のライブに来てくれる人がいます。
勇造さんと同じ66才ですが、勇造さんよりはかなり老けて見える(と、言うか勇造さんが年齢不詳)おっちゃんです。
この人は仕事を定年になった60才の時に、初めて友人に連れられて勇造さんのライブへ行きました。
それがなんと前述の6時間ライブだったのです。
そりゃ刺激強すぎだろう・・と思いますが、一発で勇造さんのファンになったその人は、それ以来勇造さんのおっかけになって、全国のライブに付いて回っています。
そのご縁で当院のライブにも来ていただけるようになりました。
一緒に自分も全国を回って楽しんで居る訳です。
毎年若返って行くような気がします。


あの6時間ライブの最初と最後に2回歌われた歌、「海のはじまり」
最初は静かなフィンガーピッキングで、2回目は激しいストロークで。
その歌の歌詞を最後に書いておきます。

♪はじめは生まれたての 魚みたいに
♪小さな水を楽しんでいた
♪海の岬の灯台守とか 女ひとりに生きる男とか
♪親の夢に重なり列乱さず 群れたがる自分嫌になりはじめ
♪思えば嬉しく懐かしい 俺の海のはじまり

♪身体が変わり 声変わり
♪一人濡れるくせ 覚えた夕方
♪紺色に染まった 制服の裾から 広がり始めた 俺の反抗
♪焦る思いにカーテン開けると 西日の当たる町 京都
♪干し魚売る声の向こうに 広がりはじめた海のはじまり

♪街には不良がさまよっていた 風には花粉が漂っていた
♪ライクアローリングストーン口ずさみ
♪胸まで髪垂らし歩いた
♪働きはじめた友達の目付きに 寒気感じ旅に出た
♪胸のそこまで真っ青になる 海が見たくて旅に出た

♪漁師の寒さがわかるものかと 飲んでくれなかった函館の酒
♪お前日の丸焼いたやろ、殺す!と囲まれた琉球の夏
♪俺の歌「ジェフベック雨の円山音楽堂」
♪水かぶり踊ってくれた男に おおきに!
♪思えば嬉しくなつかしい 俺の海のはじまり

♪今ひとつの始まりつげ 三日月わたる夜の底
♪焼き上がり待つ 焼き物師みたいに 
♪この歌を書いている
♪とどまるな俺らの旅心!
♪生きている間は楽しんでやれ!
♪お前におくりとどけたいもの

♪俺の海の静けさ
♪俺の海の冷たさ
♪俺の海の激しさ
♪俺の海の高まり

♪お前に受け取って貰いたいもの
♪俺の海のはじまり


私も、また今年もいっぱい元気を貰えたらと思っています。
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by takahashi-naika | 2015-11-09 17:06 | 日常雑記

勇造ライブ その2

このライブの事を話題にすると、必ず勇造さんのことを聞かれます。
それほど知名度が無く、一般的では無いからですね。

一般的と言うのはなんでしょう?
テレビやラジオで放送されると言う事なんでしょうか?
ただ、今の時代は、既にテレビは音楽の場では無くなっています。
昔のような歌番組は無いですもんね。
ネットで勇造さんのことを検索すれば、HPもあるしそれこそ数え切れないぐらいの情報が出てきます。
地元の京都新聞にはよく取り上げられているし、朝日や読売の全国紙に記事が載ったこともあります。

勇造さんの歌は、普段はそういう場所とはかけ離れたところで成立しています。
彼のライブを主催するのは、私のような彼のファンです。
用意された会場へ行き、歌いCDを売り、打ち上げをして次のライブの町へ。
そんな一宿一飯、ワンナイトスタンドのツアーを毎年全国で100カ所近く、もう35年も続けているのです。
その合間にタイで暮らし、世界のアチコチを旅して、日々の暮らしや旅の中で歌を作っていくのが彼のスタイルです。

歌いたい歌があって、歌う場所があれはどこでも音楽は成立する。
そんなことを皆さんにも知って欲しいと思います。

2011年の震災のために、東北でのライブが出来なくなりました。会場の問題だったり、費用の問題だったり。
それを知った全国の勇造ファンが、これまで通り東北でのライブを続けよう、みんなが募金をしてこれまでと同じような東北ライブが実現しました。これを記録した映像がYouTubeにあります。
彼のファンのプロの映像関係の仕事をしている人が作った本格的な映像です。歌は断片的な挿入ですが、彼がどんな風にファンと結びつき、ファンがどのように彼の音楽を支えているかがよく分かる映像です。

陸前高田にジョニーと言うライブハウスがありました。地震と津波で店は全壊し、仮設での営業です。
ここでのライブを30年間主催したご夫妻も震災で亡くなりました。
このご夫妻の話は、全国紙でもとりあげられました。
逃げ遅れたお母さんを迎えに行ったとき、近所に同じように逃げ遅れたお年寄りが居て、その人達を全員乗せることが出来なかったので、奥さんが残ったのです。
お年寄りを安全なところに残し、奥さんを連れに行ったときには既に津波が迫っており、ご主人はその津波の中へ・・・。命を救われたお年寄り達はどんな気持ちで夜をすごしたのでしょう?

震災翌年の2012年のライブで、その主催者のお母さんと勇造さんがライブで対面します。
バックで流れるのは「夢で逢いたい」。

そんな映像がこれまでに4回作成されています。
よろしかったらご覧ください。

豊田勇造東日本ファン支援ライブプロジェクト さあもういっぺん

豊田勇造 ファン支援ライブプロジェクト2012
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by takahashi-naika | 2015-10-25 21:03 | 日常雑記

たかはし内科 院長 日々の診察雑記帳


by takahashi-naika